読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

.

夢の街は、いつも雨の匂いの赤錆の街。

王子と阿佐ヶ谷と高崎が合体したシャビークラシック、そのままの色褪せた街。

『あゝ、またこの街だ』雨の匂いと音に誤魔化されながらも、ここが夢の世界と何処かで気付いてる。私もただ夢の街で淡々と営みを続ける。

脳の処理が追いつかないのか、彼方此方工事中のこの街の中で、やたらと出くわす薄汚れた野良犬がいる。一方的に挨拶をして少し体を撫でると、犬は愛想を振りまくまでもなく何処かへ消えていく。

さて、その犬、たまに深手を負っていることがある。文章におこすのも酷くて、夢から還る度に、あんな惨たらしいめに遭いながらも、どうしてあの犬はあの街で生きてるのだろうか。たまにそんなことを考えては夢に囚われては、気鬱に飲まれそうになる。

枝を折られたチビ桜も、夢の中の犬も、まるで私と痛みを分かち合うために、あんな姿になってしまったのではないか、おちこみかける気分はホルモン周期のせいと片付ける。

それでも、怖い夢をみたと泣いて真夜中に電話するより、もう一度しっかり寝て、目覚ましの音でのそのそ起きだして、カーテンからの朝陽の入り方の違いで春の到来を喜び、その喜びを分かち合うメッセージを送ろう。

きっと、私は間違っていたのだ。

痛みや悲しみを共に共有し合うのが思いの深さではない。むしろ喜びや楽しさを倍増させ、共有することこそが、思いの深さへ繋がる。

労わりあう、思いやりあう、分かち合う、こたえあう、そして愛しあう。

もう入魂いがいのなにものでもない形で、お互いを愛しあえる。

さて、私が『今度こんなことしたら、私がやっつけてやる!』そう夢の中で叫んでからというものの、いまだに赤錆の街へ私は帰れていない。

いつか私が汚れきった犬を洗いぴかぴかにしてあげる、愛という絶大な力で。