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ダンス・ダンス・ダンス (下)

僕は桜の樹の下に腰を下ろし、たばこに火をつけた。

桜の樹の下には死体が埋まっている!、と僕は思った。

音楽は木々のそよぎの中に吸い込まれ、あたりは静けさを纏った。春の夜の冷たさが僕の耳を満たした。

僕は疲れていた。

ユキさんに手を振った。

メイから逃げた。

キキは見つからなかった。

身体を横たえると、雨は降っていないのに地面は濡れていて、Tシャツの背中が汚れるのを感じた。腕を伸ばすと折れた枝や小石が刺さり少し痛かった。

どうでもいい、と僕は思った。

僕は桜の花の隙間から空を見上げた。

空は限りなく透明に近い黒で、どこまでも夜を覆い尽くしていた。何かを何処かに導くように点々と跡を辿る星々は誰かに向けてささやかに笑いかけていた。たばこの煙ははっきりとその道筋を示すように、空へ昇って、消えた。

僕は上手く踊れていたのだろうか?

僕が求めれば、羊男が繋げてくれる。それは確かで、揺るがない。

では、なぜキキに会えないのだろう。

僕は求めていなかったのだろうか。

羊男は死んでしまったのだろうか。

キキは消えてしまったのだろうか。

どれだけ考えてもわからなかった。僕は諦め、目を瞑った。

に歪な冷たさを感じ目を開くと、メイが僕のに缶ビールを当て顔を覗き込んでいた。

「君は逃げるのが下手だね。」とメイが言った。

僕は脳に呼びかけたが、脳は一瞬間機能停止していた。ビールを煽るとどうにか役割を取り戻そうと呼応した。

「君は嘘をつけない人間だから。」とメイが親密に笑った。

「ねえ。君に言うべきではないんだけど、僕は今日3人も過去の恋人に会ったんだ。君を含めて。」と僕は言った。

「そう?」

「この嘘みたいな状況に頭が追いつかなくて、混乱しているんだ。とても疲れてる。」

「そう?」

ガサという音がした。林の奥で何かが動いたようだった。

羊男だ、と僕は思った。羊男が僕に会いに来たのだ。

「あなたはそんな事で傷ついたりしないわ。だってあなたは楽しんでいるもの。失敗と憂鬱と破滅が趣味なの。そりゃ上手く行かないわ。」

僕は林の奥に目を凝らし、羊男を探した。

「あなたが人に優しくするのは、あとで傷つける為なの。無意識下にそうなの。」

林はしんとしていた。

「あなたは人に恋を与えるけれど、愛は与えられない。持っていないから。」

遠くに聴こえていた音楽や人々の声はいつの間にかやんでいて、風も吹いていなかった。

ここはどこだろう?、と僕は思った。

「そんなあなたがいじらしくて、女は寄ってくるの。そして愛がないことを知り、去るの。」

あたり一面、暗闇だった。何も、見えなかった。

音も景色も匂いもない空間に僕は1人だった。

キキもメイもユキさんももういなかった。手放したのは僕だった。

僕は羊男を呼んだが、彼は応えなかった。確かにあった気配も消えていた。

僕はまるきりの孤独で、その孤独はこの闇と同じく何処までも続いていくように思えた。

悲しく、寂しく、情けなかったが、僕には適しているように思えた。呼吸がしやすかった。

僕は踊った。1人で、音楽もなく踊った。その踊り方は、自分でもわかるが、無様だった。